神戸地方裁判所 平成9年(わ)239号 判決 1997年9月05日
国籍
大韓民国
住居
兵庫県姫路市広畑区吾妻町二丁目二二番地
会社役員
石本信夫こと許英信
一九四四年三月二二日生
被告事件名
所得税法違反
出席検察官
島宣満
弁護人(私選)
上原健嗣
主文
被告人を懲役一年六月及び罰金五〇〇〇万円に処する。
この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、兵庫県姫路市広畑区吾妻町二丁目二六番地一に居住し、同町二丁目二二番地において、「石本建設」の屋号で土木工事業を営み、同事業の業務全般を統括していたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、
第一 平成四年分の総所得金額が七七六九万七五〇四円で、これに対する所得税額が三四一七万〇二〇〇円であるにもかかわらず、実際の所得金額には関係なく、ことさら過少な所得金額を記載した所得税確定申告書を作成するなどの行為により、その所得金額のうち、六五五二万七五〇四円を秘匿した上、平成五年三月一一日、同市北条字中道二五〇所在の所轄姫路税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が一二一七万円で、これに対する所得税額が二四三万〇八〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、平成四年分の正規の所得税額三四一七万〇二〇〇円との差額三一七三万九四〇〇円を免れた。
第二 平成五年分の総所得金額が一億七六五五万〇八五六円で、これに対する所得税額が八三六一万四一〇〇円であるにもかかわらず、前年分と同様の行為により、その所得金額のうち、一億五六九八万〇八五六円を秘匿した上、平成六年三月一〇日、前記姫路税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が一九五七万円で、これに対する所得税額が五四八万六八〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、平成五年分の正規の所得税額八三六一万四一〇〇円との差額七八一二万七三〇〇円を免れた
第三 平成六年分の総所得金額が一億〇一七四万一六〇〇円で、これに対する所得税額が四四二三万一八〇〇円であるにもかかわらず、前年分と同様の行為により、その所得金額のうち、七九九三万五六〇〇円を秘匿した上、平成七年三月一〇日、前記姫路税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が二一八〇万六〇〇〇円で、これに対する所得税額五一八万二四〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、平成六年分の正規の所得税額四四二三万一八〇〇円との差額三九〇四万九四〇〇円を免れたものである。
(証拠の標目)
括弧内の漢数字は証拠に記載の検察官請求の証拠番号である。
全部の事実について
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官及び大蔵事務官(三二通。一四八ないし一七九)に対する各供述調書
一 石本昌子こと金正子(六通。一〇二ないし一〇七)、石原圭子(三通。一〇八ないし一一〇)、福山こと許晴美(一一二)、荒木博郁(三通。一一五、一一六、一一八)、許泰一(一二二)、加地勝義(一二四)、鈴木啓布(一二五)、中山正敏(一二六)、柳武夫(一二七)、山戸敏彦(一二八)、中川政文(一二九)、埴岡正(一三〇)、岩田年弘(一三一)、村上良一(一三二)、栗林実(一三三)、内海豊(一三四)、森田冬果(一三五)、福島誠一(一三六)、堀口洋(一三七)、橋本政行(一三八)、上田信義(一三九)、蓬莢正寿(一四〇)、星山永洙(一四一)、宝山浩二(一四三)、林国元(一四四)、及び金城三郎(一四五)の大蔵事務官に対する各供述調書
一 大蔵事務官作成の証明書三通(一ないし三)
一 大蔵事務官作成の「所轄税務署の所在地について」と題する書面(四)
一 大蔵事務官作成の「脱税額計算書説明資料(損益)」及び「脱税額計算書説明資料(貸借)」と題する各書面(五、六)
一 大蔵事務官作成の査察官調査書九五通(七ないし一〇一)
一 登記簿謄本(一四六)
(法令の適用)
罰条 いずれも所得税法二三八条一項、二項
併合罪の処理 懲役刑については平成七年法律第九一号による改正前の刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い第二の罪の刑に法定の加重)、罰金刑については同法四八条二項
刑の執行猶予 同法二五条一項(懲役刑につき)
換刑処分 同法一八条
(量刑の理由)
本件は、土木工事業を営む被告人が、同事業で得た収益の所得税を免れようと企て、ことさら過少な所得金額を記載した所得税確定申告書を作成するなどの行為、いわゆる「つまみ申告」により、隠匿した財産を家族や多数の架空名義の定期預金に預け入れるなどの方法により所得を秘匿したうえ、前年を少し上回る程度の所得金額になる所得税確定申告書を作成して提出し、三年度分合計一億四八九一万六一〇〇円の所得税を免れたという事案である。本件各犯行は当初から脱税を意図してなされた計画的なものであり、そのほ脱率は平均約九二パーセントと極めて高率であるうえに、そのほ脱額は巨額である。その動機も、将来不況期が到来した場合に備えておこうというものであって、自己中心的であって、酌量の余地はない。隠匿した財産については多数の架空名義等の定期預金に預け入れるなどして所得を隠ぺいするなどその態様は巧妙かつ悪質である。本件のように巨額に上る脱税事犯は大多数の誠実な納税者の納税意識を著しく阻害させるものであることに照らすならば、被告人の刑責は厳しく問われなければならない。
しかしながら、被告人は、強制連行された父親が貧しかったことから、まともに中学校を卒業できず、工員等をしながらこつこつと貯えた資金を元に昭和四二年に土木事業を始め、その努力等により事業が順調に伸び、収益も増えていき、ようやく人並み以上の生活ができるようになったものの、以前のような惨めな生活を送りたくないとの思いから、将来の不況に備えようというもので、その心情は非難できないこと、査察段階から反省、恭順の態度を示し、査察調査や捜査に協力的であったこと、本件脱税額並びにこれについての重加算税、延滞税等を修正申告等により合計約三億円を全額納付済みであること、本件により兵庫県、姫路市から公共工事の指名停止を受けるなど事実上の制裁を受けていること、本件後、公正な確定申告をするために税理士に税務指導を依頼し、さらに、個人事業を法人化するなどし、脱税ができないシステムにして再犯防止に努力していること、被告人には、前科はあるもののいずれも二四年以上の古いものであり、その後はまじめに事業に専念し、事業を通じて社会に貢献していることなど被告人に有利な事情を斟酌すると、被告人に対しては実刑を科するよりは、懲役刑については執行を猶予するのが相当と判断した。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑懲役一年六月及び罰金五〇〇〇万円)
(裁判官 江藤正也)